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2006年12月28日 (木)

週末ではないけれど読書

 みなさま年末休みはいかがお過ごしでしょうか。わたしは雑務に追われています。

 雑務の中でも一番面倒なのが「出席カード」の整理です。後期授業開始以来、常々やろうやろうとしていたもののなかで一番気になっていたのがこの「出欠カード」の整理なのです。ただこれをやり始めると実に大変。そのうえ面白くないときている。とくに非常勤先の受講者名簿は学籍番号順になっていないので(選考順?コース順?)大変です。目がチカチカします。

 「出席カード」整理の合間をみて、阿部謹也『大学論』(日本エディタースクール出版部、1999年)を読みました(図書館の本なので写真はありません)。著者は、元一橋大学の学長で、ブログでも紹介したとおり、本年9月に逝去しています。

 本書のなかでわたしが一番感銘を受けたのは、著者の「教養観」です。著者は本書の中で「教養」を以下のように定義しています。

 「教養というのは社会の中で自分の位置を知ろうとする努力、あるいは知っている状態、あるいは知ろうとする努力の総体を言う。つまり、社会の中で自分はどう生きているのか。どういう状況にあるのか。何ができるのかということを知ろうとしたり、知っている状態を教養と言うのだ。」(86頁)

 つづけて、社会の中で自分の位置・状況を知ろうとしたところに「個人の誕生」を見て、世界史的には12・13世紀のことであった、と言います。

 著者によると、社会の中での自分の位置・状況を考えるために参考となったのが「古典」でした。12・13世紀当時、そういった思考の手がかりとなるものは、古典しかなかったとしています。この古典はラテン語で書かれていたので、古典語ができる人は教養のある人だ、と考えられるようになり、それがやがて、古典の作品を読むことが教養と同義語になっていった、と言います。

 「そうか!なるほど!」と思いました。

 この他にも著者は、大学をめぐる四方山のことについて、開陳しています。

 たとえば、学生による授業アンケートについて、「学生というものはどんなに勉強しない学生でも優れた教師を峻別することができるののである。」(175頁)と言います。また、大学の建物については、以下のように言っています。

 「わが国にはハコモノという言葉がある。それは施設の中でも建物のことをいうらしい。ハコモノという言葉には研究や教育の内容は込められていない。……研究・教育の場としての建物は研究・教育にふさわしいものでなければならず、そのためには研究・教育の深い関わりをもつ人たちによって設計されなければならない。……そこに入れば特定の雰囲気が感じられ、衿をただして学ぶ姿勢を想起させるような建物でなければならないのである。」(191-192)

 「大学改革」が叫ばれている昨今。大学に身を置く者として、さまざまな場面で、大学論というものを耳目するようになりました。わたしの読書の一部にも「大学論」が取り入れられています。

 とまぁ、なんやかやと言いましたが、また「出欠カード」の整理に戻ります。

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2006年12月26日 (火)

講義ノート

 大学は今日から「一斉休業」。

 ところで、ホーム・ページにようやく「憲法B」の講義ノートを掲載しました。履修学生には9月頃から予告していたのに、年の瀬になって、ようやく約束が果たせました。年明けから定期試験の準備が本格化すると思いますが、このノートも参考にしてください。

 なお、講義ノートはここからもとれます。→「kennpou-b.pdf」をダウンロード

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2006年12月25日 (月)

週末読書

 みなさまはどのようなクリスマスをお過ごしでしょうか。わたしはこのクリスマス休暇を利用して、年賀状を書きました。120枚程度、一気に書き上げて、気分爽快です。

 年賀状を書く合間に、飛田重雄『アメリカ合衆国憲法を英文で読む:国民の権利はどう守られてきたか』(中公新書、1998年)を読みました。Cimg0365

 英文学者による合衆国憲法の逐語訳ですが、アメリカの憲法理論に造詣の深い者でもこれだけの訳文を作ることは困難であると思われます。ときに垣間見られる「法律学者はもっと正確な日本語を書いていただきたい」(109頁)、「学者の訳とはとても思えない」(131頁)という辛らつな批判も、甘受しなければならないほどに、できばえのよい本だと思います。

 著者は市井にある合衆国憲法の翻訳本を評して「訳語にしても解釈にしても、単に大先輩や多数派に倣っているだけ、と思われるケースが数多く見受けられました。これからは一語一句、入念に検討して、可能な限り正確で明瞭なものに改める勇気を、心から期待いたします。」(271頁)と本書の最後に述べています。肝に銘じるべき言葉でしょう。

 【趣味のコーナー】

 先週は、勝鹿北星【作】、浦沢直樹【画】『MASTER キートン』第4巻(小学館、1990年)を読みました。Cimg0288

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2006年12月22日 (金)

ゼミ登録

Cimg0293  今年の5月に出版された共著の教科書が再版されることになりました。そのために、担当部分の校正をしなければならなかったのに、その締切を「すっかり忘れていて」、昨日の出版社からの電話で思い出しました。高橋ジョージさんではありませんが「メモしておけばよかった!」という心境です。いまさっき校正を終え、出版社に速達で郵送しました。

 来年度のゼミ募集が締め切られ、各先生は、いま登録者の選考にあたっています。わたしのゼミにも想定外に登録希望者が多かったので、泣く泣く、選考を行いました。

 本年度もゼミを登録してくれていた現3年生は全員受け入れるとしても、現2年生が17名希望していたので、そのうち10名を受け入れることにしました。選考基準は法学検定に合格しているか否か、残単位数が適正であるか否か等によります。17名全員を受け入れることも不可能ではなかったとは思いますが、学生1人あたりに提供できるサービスの質を保つために、来年度の登録分については、はじめて学生の選考を行いました。選考にもれた7名の学生には、誠に申し訳なく思っています。この場をお借りして、わたしのゼミを第1志望にしてくれたことに御礼申し上げると同時に、希望を叶えることが出来なかったことに対して、お詫び申し上げます。

 ゼミという正課において希望を叶えることはできませんでしたが、それ以外の時間で質問等に答えることは当然できますので、どうか勘弁してください。

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2006年12月20日 (水)

師匠降臨

 いま会議が終わりました。みなさま、今日もお疲れ様です。

 昨日はわたしの指導教官が勤務校で講演を行いました。当然、駅に迎えに行き、講演後の接待もしました。

 わたしが学生時代のときと同様に「憲法学界のアイドル」(自称)は溌剌とした講演を展開しておられました。久しぶりに学生に戻り、楽しい一時でした。

 指導教官を勤務校によべることは幸せなことだと思いました。

 【マイ・ライブラリー/昨日の配架】

Cimg0292 Amazonで「そり滑り」や「トランペット吹きの休日」でお馴染みのルロイ・アンダーソンのベスト版(レナード・スラットキン指揮、セントルイス交響楽団演奏)を購入しました。

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2006年12月18日 (月)

平成17年度重要判例⑧

 まいど~。今日18日は、本年最後の講義日です。ただ2コマの講義後、会議が2つあり、帰宅は「午前様」になりそうです(そんなわけないか・・・)。

 先週は「週末読書」の他にも2冊の本を読みました。Cimg0285 ともに【マイ・ライブラリー】でも紹介したことのある本です。

 和民社長の「夢の本」(画面右)は、年末に相応しい本でした。来年は、日付の入った夢の実現に向けて、キッチリと生活していきたいと思います。

 もう1冊「サラリーマンが破産する本」(画面左)は、お金の面から、キッチリした生活を要求する本でした。これだけのライフプランを作成してもらえるなら、ファイナンシャルプランナーにお金を払ってもよい、と思いました(とても自分では出来そうにありません)。

 ところで、本日の午後行われるゼミで取り上げる課題は、農家を農業共済組合に強制的に加入させている農業災害補償法の合憲性が争われた平成17年4月26日の最高裁第3小法廷判決です。概要はここ→「17.4.26.pdf」をダウンロード

 【マイ・ライブラリー/昨日の配架】昨日(日曜日)に駅ビルのジュンク堂で本を数冊購入しました。ジュンク堂は1万円以上購入すると駐車場代が1時間無料になるので、電卓片手に購入しました(ちなみにこれらの本を全部足しても1万円になりませんが、不足分は絵本で埋めました)。

Cimg0286  初宿正典=辻村みよ子編『新解説 世界憲法集』(三省堂、2006年)。

 佐々木 力『21世紀のマルクス主義』(ちくま学芸文庫、2006年);筒井清忠『二・二六事件とその時代:昭和期日本の構造』(ちくま学芸文庫、2006年);三島由紀夫『文化防衛論』(ちくま文庫、2006年);土屋賢二『簡単に断れない。』(文春文庫、2006年);呉 智英『現代人の論語』(文春文庫、2006年);北尾トロ『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(文春文庫、2006年)。

 文庫はこの他に、ミル『自由論』(山岡洋一訳、光文社、2006年)を購入しました。光文社が「古典新訳」を行っており、そのシリーズにある1冊です。憲法を学ぶ上での古典として、学生にも読んで欲しい冊です。

 続いて新書、名取春彦=上杉正幸『タバコ有害論に異議あり!』(洋泉社新書、2006年);角岡伸彦『はじめての部落問題』(文春新書、2005年)。

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2006年12月17日 (日)

週末読書

 16日(土)には、京都の研究会に出席しました。ドイツとアメリカの憲法の翻訳に関する2名の京大教授による報告が興味深かったです。

Cimg0278  今週はジョン・グレイ『アル・カーイダと西欧:打ち砕かれた「西欧的近代化への野望」』(金 利光訳、阪急コミュニケーションズ、2004年)を読みました。

 著者は、西欧社会の近代意識が幻想にすぎないものであることが、9・11テロにより明らかになった、といいます。「科学知識が発達し、近代化が進むにつれて人間の価値(観)は一つに収斂されてゆく。こうして似通った、世俗的で穏やかな社会が世界に広がり、やがては単一の普遍的文明が地球の隅々にまで行き渡る、という思い込みがそれだ。だがこの思い込みは近代の神話であり、幻想にすぎない。」(181頁)としたあと、この幻想を粉々に打ち砕いたのがアル・カーイダであるとします。グレイの筆は止まりません。「人類は科学が解き明かす原理に導かれ、約束された、ただ一つの理想に向かって進歩するという思い込みは、実証主義が広め、やがては近代西欧社会を支配するに至った神話にすぎないのだ、と。近代の落とし子であるアル・カーイダは・・・、近代を象徴するアメリカの心臓部にテロ攻撃を仕掛けることで、この神話をこなごなに打ち砕いた。」(181‐182頁)。

 テロ行為は断罪されるべきですが、その原因を考えてみるために必須の思想書であると思います。

 【趣味のコーナー】

 京都からの帰途で勝鹿北星[作]=浦沢直樹[画]『MASTERキートン』第3巻(小学館)を読みました。Cimg0283

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2006年12月15日 (金)

最近の裁判例から-「ウィニー」判決-

 12月13日に京都地裁でファイル交換ソフト「ウィニー」の開発者に対して、著作権法違反幇助に関する有罪判決が下されました。

 技術それ自体は価値中立的なものの開発・提供が著作権法違反の幇助に当たるか否かが争われた判決のポイントは、当該技術の現実の利用状況とそれに対する開発者の認識、という客観的要素と主観的要素を総合的に考慮する姿勢を裁判所が示している点にあると思います。

 まず客観的要素について、裁判所は、ウィニーは実際に著作権を侵害する態様で広く利用されている現状がある、と認定しました。

 また開発者の主観的要素についても、この現状を認識しており、当該利用者へ著作権侵害行為の実行を可能にする手段を提供している、という意識も認められるとしました。

 概ね朝日新聞が当日の夕刊1面で報じているように「技術者に『節度』求める」判決の内容です。

 新規開発の技術については、いまでは「えっ」と思えるようなことについても、裁判で争われています。

 アメリカでは1984年にソニー 対 ユニバーサル・スタジオ事件で、ソニーが開発したビデオテープ・レコーダー(VTR)が著作権侵害の幇助に当たるのではないか、と争われています。ユニバーサル・スタジオは、VTRを利用してテレビ番組を録画することは著作権侵害行為であり、それをソニーが幇助していると主張したのです。

 家庭内録画が著作権侵害に当たるのかが争点となりましたが、連邦最高裁は、当該行為は「フェア・ユース」に該当する、と判示して、ソニーに無罪判決を下しています(わたしはある論文の中で、家庭内録画は私的利用である、と評価しました。この点は判決に影響を与えませんのでここでは措いておきます)。

 いまとなっては当たり前に利用している技術も、開発当時には何らかの法的問題が指摘されていたものもあるのです。ウィニーの評価は、今後どうなるでしょう。ビデオデッキとの違いは、ウィニーが技術的には価値中立的なもので「将来的に有用な技術」(被告人)であったとしても、ビデオ・デッキとは異なり、現実には著作権侵害行為に使われている点にあるのでしょうか。

 みなさんはどう思われますか。

 【マイ・ライブラリー/昨日の配架】

 Amazon で Oxford University Press から刊行されている A Very Short Introduction シリーズを4冊買うとそのうちの1冊が無料になるというキャンペーンをしていたので、4冊購入しました。

 David Miller, Political Philosophy (2003);Edward Craig, Philosophy (2002);Peter Singer, Hegel (2001);Roger Scruton, Kant (2001).

Cimg0275 北村和生=佐伯彰洋=佐藤英世=高橋明男『行政法の基本:重要判例からのアプローチ』(第3版、法律文化社、2006年)を謹呈いただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。

 この本は行政法のエッセンスを事例に則して解説するという従来の教科書類にはない手法を用いた新しい行政法の教科書と拝察しました。学生諸君も一度は手にして見てください。

 

 

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2006年12月13日 (水)

みなさん、発言には注意!

 某教育大学で講義をし、スポーツジムに行ってから、いま出勤しました。これから会議です。

 ところで教育大学への出勤中、FMラジオを聴いていたら、海外で、子どもに「サンタクロースはいない」と教えた教員が解雇されたといいます。どうもそう教えたことがPTAの耳に入り、問題が表面化したようです。このニュースをうけてパーソナリティーが「もっともなことです。サンタクロースがいないなんて、証明されていません」と力説したとき、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになりました。この人は、話の流れから面白く可笑しくしようとしたのでしょうが、サンタクロースがいないことを証明するのは、非常に難しいと思いました。普通なら、存在の証明については、存在すると主張する方に立証の責任が負わさせると思うのですが。それが、存在しないことを証明しなければならないなんて……。深く考えるのはよしましょう。聞き流せばいいのです。

 【マイ・ライブラリー/本日の配架】

 井上達夫編『公共性の哲学』(ナカニシヤ出版、2006年) 最近勉強していないので、この手の本が出ると嫉妬心のようなものを感じます。自分の不勉強を恥じ入るばかりです。Cimg0273_1

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2006年12月12日 (火)

とくに変わったことはありません。

 9月にブログをはじめたものの、なかなかネタがありません。今日のタイトルなんか「とくに変わったことはありません。」ですよ。だったら書くな!、ですよね~。

 先日、携帯電話を新機種(もちろん最新ではなく、ポイントで買える範囲のもの〔この場合の「かえる」は代えるかもしれません〕)に変えました。ボーナスをもらったとはいえ、わが家に新機種を購入するお金はないのです(最近、1月で2歳になる娘が「ビンボ」という言葉を覚えたぐらいです)。そうれはそうと、わたしはあまり携帯電話等の機器に明るくなく、ようやく電話をかけ、掛かってきたきた電話にでられるぐらいなので、新機種である必要は毛頭ないのですが……。

 もともとわたしは電話が好きではありません。わたしの感覚からいうと、電話は緊急の要件を伝えるものだと思うのですが、いままで掛かってきた電話で緊急のものは僅かであった、と思います。ところが、どうでもいい電話に限って、こちらの時間や都合に関係なく掛かってきます。わたしは電話の着信音がなるたびに「ギクッ」となります。びっくりするのです。「もう、電話をかけるならかけると電話しておけ!」と思います。

 今日のブログは、このへんで勘弁してください。

 【マイ・ライブラリー/本日の配架】

 Ana G. Canizares, 150 BEST HOUSE IDEAS (Collins Design, 2005)を購入しました。Cimg0271 最近、わたしの同年代の学者がマンションや自宅を購入した、という話をよく聞くようになりました。学者の中にも「格差社会」が浸透しているのでしょうか。(ちなみに、一緒に移っているのは、AT HOME WITH BOOKS という書斎の写真集です。)

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2006年12月10日 (日)

週末読書

 昨日の土曜日は、岡山の駅前ホテルで開催された「父母懇談会」に出席しました。ある学生のひとつ違いのお姉さんに会えたことなど、サプライズもありました。またある学生のお父さんはまだ40代前半とのこと。わたしと学生の関係も、兄弟から親子に移りつつあると思い、複雑な心境です。

 ところで今週は、チャールズ・ウィーラン『裸の経済学』(青木榮一訳、日本経済新聞社、2003年)を読みました。さまざまな「社会現象」「人間行動」(その中に法律問題も含まれる)などについて、経済学の視点(経済分析)により鮮やかに解説してみせる手法は、以前読んだことのある、ステーヴン・ランズバーグの『ランチタイムの経済学』(佐和隆光監訳、吉田和子訳、ダイヤモンド社、1995年)やベッカー夫妻による『ベッカー教授の経済学ではこう考える』(鞍谷雅俊=岡田滋行訳、東洋経済新報社、1998年)と同様、痛快でした。「法現象」も人間の行動に基づくものなので、法を学ぶ人たちにも、是非とも読んでもらいたい分野の書籍です。Cimg0269 ウィーランの『裸の経済学』は図書館の本なので、映像はありません。掲載されているものは『ランチタイムの経済学』と、リチャード・ポズナー&ゲーリー・ベッカー『ベッカー教授、ポズナー判事のブログで学ぶ経済学』(鞍谷雅俊=遠藤幸彦訳、東洋経済新報社、2006年)です。

 最後に『裸の経済学』の中に引用されていたフランスの諺を掲げます。「30歳前に社会主義者でない者は、ハートがない。30歳を過ぎても社会主義者である者は、頭がない」(296頁)。30歳以降の思想形成のためには、人間行動を経済学的に説明する手法を学ぶことも重要だと思いました。

  【マイ・ライブラリー/本日の配架】

 有斐閣さまより『ポケット六法』の2007年版をいただきました。この場をお借りして、御礼申し上げます。

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2006年12月 8日 (金)

平成17年度重要判例⑦

 今日、国家公務員に冬のボーナスが支給されたようです。管理職を除く一般行政職(平均年齢34.7歳)への支給額は、昨年とほぼ同水準の約68万3000円のようです。

 どの報道をみても、この手の報道は、平均年齢と平均支給額が指摘されますが、平均年齢の人が平均額を支給されているわけではないことに、注意が必要です。つまり、34.7歳の人に68万3000円支給されたわけではありません。

 講学のために、安倍総理への支給額は、島田最高裁長官と同額で約582万円、衆参両議院議長へは約553万円、それぞれ支給されたようです。ただ、安倍総理は、自らボーナスを30%返上しているそうなので、実際手にする額は約174万円少ないそうです。官僚のトップ事務次官への支給額は約340万円です。

 なお地方公務員への平均ボーナス支給額は、約65万2000円(平均年齢36.2歳)だそうです。

 ちなみに、わが社も本日がボーナス支給日でした。今日は胸を張って、お家に帰れます。

 帰宅する前に、来週のゼミの予習をしました。課題は、高校公民科現代社会の教科書に係る教科書検定の合憲性が争われた最高裁第1小法廷平成17年12月1日判決です。概要はここです→「17.12.1.pdf」をダウンロード

 学生に集られないうちに、帰宅します。(「集る」これ「たかる」と読みます)。

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2006年12月 5日 (火)

「豪邸」限定条例

 わたしの勤務校では来年度のゼミ募集がはじまっています。来年度は何人、わたしのゼミを選んでくれるのでしょう。人数が多いと困るのですが、少ないと少ないでなんとなくがっかりします(ちょうど学級委員の選挙で、学級委員にはなりたくないが、0票では面目が立たないので自分で1票いれてしまうような感じ)。

 それはさておき、さすが芦屋。全国に名の知れた高級住宅街ならではの条例が制定されようとしています。それが「豪邸限定条例」です。

 この条例は兵庫県芦屋市の六麓町で新たに建物を建築する場合には、敷地面積400平米、高さ10メートル以下の一戸建て(いわゆる豪邸に限る)とする条例です。相続税を払うために土地を売却したり物納する住民が増えて土地の分割化が進んできたことを背景に、「高級住宅地」としてのブランド力低下を危惧する六麓町住民側の提案を芦屋市が受け容れる形で条例案が作成されたそうです。

 ところでこの条例、法的な問題はないのでしょうか。わたしの法的思考の琴線にふれるような気持ち悪さがあります。これは要するに、現在の住民に対する土地売買規制ですよね。つまり、住民が何らかの理由で土地を手放す際、販売する相手側を豪邸を建設する人に限定にようとしているのですよね。この条例がまだ実際には制定されていないので、なんとも評価しがたいですが、現在の住民から土地を取得した人が、いわゆる豪邸を建設しない場合、六麓町の他の住民がこの土地移転手続について、裁判所に差し止め請求をできるのでしょうか。

 アメリカでは1948年に、黒人には土地を売らないという土地所有者間の合意があったにもかかわらず、黒人が土地を取得しようとしていたので、他の住民が裁判所に対し当該土地取得手続の差し止めを求めたシェリー対クレイマー事件があります。本件では、人種差別的合意自体を憲法違反とはいえないが(憲法は第一義的には統治者を拘束しているので)、裁判所が差し止めを容認することは、結局この人種差別的合意を国家が容認することになる、との判断がなされています。

 六麓町の「豪邸限定条例」は、土地の利用規制で、人種差別の問題とは権利制約の程度が大きく異なると言えると思いますが、それでも、同じような問題が伏在しているように感じます。

 みなさんはどう考えますか?

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2006年12月 4日 (月)

字統・字通・字訓

 突然寒くなりました。みなさま、お体にはご自愛ください。

 先日注文した、白川静の『字統』、『字通』、『字訓』(いずれも平凡社刊)が納品されました。セールスマンの方のお話しを聞いて(のせられて)、ボーナスも出るし・・・と思いながら、とうとう買ってしまいました。この3冊が世に存在することの意義は大きいのでしょうが、わたしの研究室にある意義がいかほどでしょうか。ようするに「ものすごく詳しい漢和辞典」なので、必要な方がおられましたら、見に来てください。

 この冬のボーナスではガンダムのDVD(2巻セット)も購入予定なので、もうわたしのお小遣いはありません。それどころか、春までないかも・・・。

 ところで、白川 静さんをご存じですか。1910年生まれの中国文学者であり漢字研究の第一人者です。今年の10月30日に、96歳で亡くなるまで、上記3冊の編集を始め、わが国の漢字研究に大きく貢献されました。平成16年には文化勲章も受章されています。

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2006年12月 2日 (土)

週末読書

 今週は、高橋三郎=新田光子『大学生入門』(改訂版、2006年、世界思想社)を読みました。(2時間程度で読めました)。この本も、1年生ゼミに役立てようとの動機から読みました。

 内容は2部構成で、前半は新入生のための大学生活入門、後半は図書館利用からレポート作成法といった実践編です。

 前半部分は、新入生の「期待」と「現実」の相違を実際の大学生活を舞台に説明してあり、良書だと思います。とくに、教員の視線(立場)から「現実」の背景を淡々と述べてありる点が面白いです(決して教員の言い訳ではありません)。たとえば「つまらない授業」や「休講の理由」など、一読してください。

 後半部分は「プレゼンテーション入門」と題されて、レポートや答案の作成方法が述べられています。「プレゼンテーションは、狭い意味では、自分を『売り込む』ことですが、広く考えれば、他のひとたちにたいするコミュニケーションそのものと言えます。ですから、プレゼンテーションの核心は、『相手にたいする思いやり』以外のなにものでもありません。」(83頁)というくだりは、なかなかのものだと思います。

 教員側の目も開かせる内容の本でした。

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2006年12月 1日 (金)

平成17年度重要判例⑥

 今日ネットサーフィンをしていたら、「MSN毎日インタラクティブ」の記事の中に、河野衆議院議長が議員の議場でのマナーが悪いと注意した、という記事がありました。

 その記事によると、河野洋平衆議院議長は、衆議院議院運営委員長の逢沢一郎氏を議長公邸に呼んで「議長席から見ていると、新聞を読む人、携帯電話を使用する人が目につく。若い議員はルールを知らない人もいるのではないか。徹底してほしい」と注意したようです。

 それをうけて逢沢委員長は、議院運営委員会の理事会で「ベルが鳴ったらすぐに着席し、新聞や本を読まないようにお願いしたい」と注意を促したとのこと。まったく「とほほ・・・」な感じですね。

 なんでも河野議長は、10月にも「出席状況が悪い」との注意をしたようです。

 これを読んでいる学生諸君。貴君たちは講義中、よもやこのような態度ではいませんよね~。もしそうなら「議員なみ」ですよ、恥ずかしい!

 というわたしも会議の時どうかというと、人のことばかり言ってられません。さすがに電話したり新聞を読んだりはしていませんが、内職しているときも正直、あります。そういうときに限って学部長にあてられたりします。

 ところで、今日は次週のゼミの予習をしました。次回の課題は「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーの図書が公立図書館の職員の独断で廃棄したことが著作者の人格的利益を侵害する行為であるかが問われた「船橋市西図書館図書廃棄事件」(最高裁第1小法廷平成17年7月14日判決、判時1910号94頁)です。概要はここ→「17.7.14.pdf」をダウンロード

 【お知らせ】ミッフィー絵皿第1弾を本日ゲットしました。またまた「パパポイント」アップです。

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